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生物はなぜ死ぬのか? 「死」の意味を考える

 

突然ですが、あなたは何に不安を感じますか?

 

仕事が上手くいくか不安、交友関係が不安、具体的じゃないけど漠然と不安を感じる...。

様々な理由で不安を抱えている人がいることでしょう。

 

ですが、究極的に考えると「死ぬこと」が不安だと感じる人が一番多いハズです。

生物の最も基本的な本能なので当然ともいえますが。

 

そんな「死ぬこと」ですが、誰しも一度はこう考えたことがあるのではないでしょうか?

 

「そもそもなんで死ぬんだろう?なんの意味があって生き物は死ぬんだろう?」

と。

 

実はこの答えのでなさそうな問いも、生物の歴史や仕組みを理解していけば見えていきます。

ということで今回は「死ぬことの意味」を解説していきます!

 

また、この記事はポール・ナースさんの著作『WHAT IS LIFE? 生命とは何か』を参考に作成しています。

興味がある方は読んでみて下さい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1.「死」は新しい世代に道を譲るために存在する

 

まず始めに結論から言うと「死」は進化した種に道を譲るために存在しています

 

というのも知っての通り、生物は様々な進化をしていくわけですが、当然より優れた種が生き延びていきます。

 

例えば、キリンの首があれほど長いのは「どの世代も高い所にある葉を食べようと奮闘し、それが子孫に伝わり徐々に首が伸びていった」というのが有力な説です。

 

それ以外にも「突然変異でたまたま生まれた」という説もありますが、重要なことはキリンが進化して高い所にある葉を食べられるようになった結果、従来の首の短い種は生き延びづらくなり、自然に淘汰されていったということです。

 

生物の究極の目的は「自分と自分の子孫を永続させること」であり、集団の中にもっとふさわしい変異型が存在すれば、古い体制を一掃して新たな世代に道を譲る。

 

この無慈悲な選別プロセスが行われるために「死」が存在しているのです。

 

 

 

2.「死」も生命の円環の大切な一部である

 

先ほど例に挙げたキリンや、河原に生い茂る雑草、空をひらひらと舞う蝶、僕たち人間など、地球には数えきれないほどの種類の生物が存在しています。

 

しかし、これらの生物は皆、ATP分子と呼ばれる小さな分子をエネルギーとして利用し、基本的なDNAとRNAたんぱく質の間をつなぐ関係に頼り、リボソームを使ってたんぱく質を作るという、生命の基本構造は同じなのです。

 

DNAの二重らせん構造を発見したイギリスの科学者フランシス・クリックは、このDNAからRNA、そしてたんぱく質への情報の流れが、生命にとっての根本だと主張し、それを分子生物学の「セントラルドグマ」と呼びました。

 

この要点は現代でも依然として破られていません。

そしてこれは地球上における生命の始まりは「たった一回」だけであることを示しています。

 

なぜなら、もしどこかのタイミングで異なる生命体が別々に出現し、生き延びてきたとしたら、その全子孫がこれまでと同じ基本機能で動いている可能性は極めて低いからです。

 

よく陰謀論で語られる「人類は過去にいじられている」というのは、生物学的に考えるとほぼあり得ません。

 

月並みな表現ですが、僕たち今を生きる生物は、これまでの生存競争を生き抜いた偉大な同志であり、計り知れないほど広大なたった一つの家計の子孫たちなのです。

 

そんな僕たちはあるタイミングで自らを永続させ、自らをコピーし、最終的に自然淘汰によって進化するというとても重要な能力を獲得するに至りました。

 

そう考えると「死」も進化の産物であり、生命の円環の大事な一部だと言えるのです。

 

 

 

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