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人の手から「自由」がなくなる日

 

 

好きなように生きたい

自由な人生を送りたい

 

 

僕たち人間は「自由」という言葉に敏感で、このように考えている人は少なくありません。

ところが、この「自由」が今日、危機的な状況にあることはご存知でしょうか?

 

ということで今回は「自由」がなくなるかもしれない未来の話をしていきます!

 

 

また、この記事はユヴァル・ノア・ハラリ氏の著作『21Lessons』を元に作成しています。

かなり面白い本なので、興味がある方は是非買って読んでみて下さい!

 

 

 

 

 

 

 

1.「自由」の真実

 

最初にも書いた通り、近年の価値観では自由を最も大切に扱います

あらゆる権限は最終的には個々の自由意志から生じている、と。

 

政治では、有権者が最も知っていると自由主義は信じているので、民主的な選挙を支持します。

経済では、顧客が常に正しいと自由主義は断言するので、自由市場の原理を歓迎します。

 

人間には自由に感じ、自由に考え、自由に決定を下す能力があるので、それを尊重しようと言うわけです。

 

ですが、これは真実ではないことが段々と分かってきました。

実は、僕たち人間の感情は一切の「自由意志」も反映しておらず、生存と繁殖の確率を素早く計算するのに使う、生化学的なアルゴリズムなのです。

 

サルやネズミや人間がヘビを目にすると恐怖が沸き上がります。

これは脳内の何百万ものニューロンがたちまち関連のデータを計算して死ぬ確率が高いという結論を出すからです。

 

このような生化学的なアルゴリズムは、何百万年にも及ぶ進化を通して磨かれてきました。

どこかの遠い祖先の感情が誤りを犯せば、その感情を形作っている遺伝子は次の世代には受け継がれません。

 

つまり感情は合理性の対極ではなく、進化が育んだ合理性を体現しているのです。

ヘビに対する恐れや、繁殖相手の選択や、自分の意見は謎めいた「自由意志」の結果ではなく、僕らの感情に一切の自由はないのです。

 

 

 

 

2.AIが人間を理解する

 

とはいえ、これまで感情に頼るのは理にかなっていました

 

感情には不思議なところも自由なところもまったくないとはいえ、何を学ぶか、誰と結婚すべきかなどを決めるために、感情を頼るのは最高の方法だったからです。

 

 

しかし、この今までの最適解が更新されようとしています。

というのも、僕たち人間は現在、2つの巨大な革命のさなかにあるからです。

 

1つは生物学者たちが人体の謎、それも特に脳と感情の謎を解き明かしつつあるということ。

 

もう1つはコンピューター科学者たちが前代未聞のデータ処理能力を僕たちに与えてくれつつあるということです。

 

バイオテクノロジー革命と情報テクノロジー革命が融合すると、自分の感情を自分よりも遥かに上手く理解できるビッグデータアルゴリズムが誕生します。

 

その時、権限は恐らく人間ではなくコンピューターに移ることになるでしょう。

その傾向は今でも確認することが出来ます。

 

医療の現場を想像してみてください。

 

まず、機械があなたの身体を診断し、結果を担当医があなたに告げますが、その内容はあなたの予想や痛みや感情に左右されず、また、担当医の感情や経験も排除され、あなたよりもあなたの身体を理解しているコンピューターの計算に全てを任せています。

 

そして、あなたの身体に疾患が見つかった際はあなたのDNAや体格、正確に合った適切な治療や措置、食事、日々の養成法を推薦します。

 

このように現時点でも局所的には、人間の行動を決定する際、コンピューターに判断を任せています

 

また、すでに人間がコンピューターに頼りきっているというこんな話があります。

 

2012年3月、オーストラリアで沖の小島に日帰り旅行に出ることにした野田ゆずさんが、車を運転中、干潮の太平洋に突っ込みました。

 

後に野田ゆずさんは、

「車で行き着けるとのことでした。道路に導いてくれると繰り返すばかり。そのうち動けなくなってしまいました。」

と、GPSに従っただけだったと述べました。

 

 

 

 

3.人間が自ら「自由」を放棄する

 

医療ですでに起こりかけていることは、しだいに多くの分野でも起こる可能性が高いです。

そのカギを握るのがバイオメトリックセンサーの発明です。

 

人々はこの種のセンサーを身につけたり体内に埋め込んだりすることが可能で、生物学的な過程を電子情報に変え、コンピューターに保存させたり分析させたりすことができるようになります。

 

十分なバイオメトリックデータと演算能力があれば、あなたの欲望や意思決定のすべてを知ることができるのです。

 

例えば、あなたがある映画を観ているとします。

すると、テレビに取り付けた高性能カメラが、ある場面を観ている時のあなたの目や顔の筋肉の動きを察知し、あなたがどの場面で笑い、どの場面で悲しみ、どの場面で退屈したかを判断することができるようになります。

 

そうしてアルゴリズムは、ほぼ間違いなくあなたが楽しめるであろう最高の映画を勧めることが可能となるわけです。

 

この流れは当然、映画の選定だけに留まることはありません

やがて、何を学ぶべきか、どこで働くべきか、誰と結婚すべきかといった、人生の中でもとりわけ重要な決定すらも、僕たちに代わって下せるようになるでしょう。

 

このレベルまでアルゴリズムの信頼性が増すと、同時に人間の感情の信頼性が落ちることになります。

 

そして一旦AIに自分の判断を任せ始めると、僕たち人間は自ら決定を下す能力を徐々に失っていくことになるでしょう。

 

考えてもみて下さい。

あなたが今知りたい情報があった時、どのような行動を取るでしょうか?

 

答えは「googleで調べる」ではないですか?

 

 

わずか20年のうちに、何十億もの人が的確で信用できる情報を探すという、非常に重要な任務をグーグルの検索アルゴリズムに委ねるようになりました。

 

僕たちはもう、情報を探さない。

代わりに「ググる」。

答えを求めてグーグルに頼るにつれて、自ら情報を探す能力が落ちました。

 

そして今日、「真実」はグーグルでの検索で上位を占める結果によって定義されるようになりました。

 

 

重要な決定が全てグーグルのアルゴリズムに下されることを想像してみて下さい。

 

初めに述べた通り、今日僕たちは「自由」を尊重します。

しかしそのような、自分の感情を信頼せず、アルゴリズムに頼るようになった日にはこの価値観は変わらざるを得ません。

 

権限が人間からアルゴリズムに移ると、僕たちはもうこの世界を、自律的な個人が正しい選択をしようと悪戦苦闘する場と見なさなくなる可能性があります。

 

その代わり、僕たちは全宇宙をデータの流れと捉え、生き物を生化学的なアルゴリズムにすぎないと見て、宇宙における人類の役割は全てを網羅するデータ処理システムを創造し、その中に溶け込むことだと信じるようになるのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

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